2010年3月5日金曜日

プロレスと対話(3)-高智さんとの不思議な出会い

時々プロレスラーをやってる病院職員の高智政光さんとの出会いは不思議だった。

義弟の転院先を探して3軒目。
1軒目はベッドが空かず断念、2軒目は雰囲気が義弟には会わない。

そして3軒目。
高智政光さんが応対してくれた。

大きな身体。ぽちゃっとした感じ。色白。小さくて、優しげな顔。
名前が変わっている話をお互いして、
転院前の病院に、彼が義弟を訪ねた話をし、・・・・。

病院の内部を見せてもらう前に、ここに決めた。
何か目に見えないオーラがあるんですよ、この人に。

醸し出す何かが、極めて重要です、対話では。

プロレスと対話(2)-なぜプロレスラーと出会えたか?

私、プロレスが好きなわけではありません。
TVに登場する人を少し知っている程度です。

でも何故出会えたか?
実は、義弟が入院している病院の職員なんです!
時々乞われて、大会に出場しているそうなんで実名を出しましょう。
高智政光(こうちまさひこ)さん。

2/20に次女夫婦とお見舞に行った時に廊下ですれ違って、
「千葉の柏市から娘夫婦が見舞いに来てます」と話したら、
「(柏市)逆井に住んでいたことがありますよ」と返された。

その後のやり取りは正確には覚えていないが、プロレスラーであることが判明。
そして談話室で彼の対戦ビデオを見せてもらって、プロレス談義になったのです。

次女夫婦も、高智さんも、みんなこの展開に驚いた。
この展開/連鎖はなんなんでしょう?!

信頼関係がベースにあるのは確かだと思う。

プロレスと対話(1)-別物のようで似てる。

我ながら、「プロレスと対話」なんてタイトルの一文を書くとは想像もしなかった。

これは2/20にプロレスラーと話す機会があって、思いもかけない言葉を聴いた。それはこんなやりとりでした。

プロレスのビデオを見て、確か、私が「やらせみたいですね」とコメントしたことに対して、
「プロレスでは逃げないんです。『俺は強い。だから技を全身で受けてもへっちゃらだ』という前提になっているから、やらせに見えるんでしょうね」と諭してもらった。

深いな、この言葉。

普段の会話では、みんな出来事と論理性ぐらいしか表に出さない。
感覚や信念なんて、言っちゃいけないと思い込んでいる。
それに聴ききらないで、それを遮断している。

みんな自信があれば、信念を話したり、聴ききったりできるのに、そこから逃げている(のが現実)。

『俺は強い。だから技を全身で受けてもへっちゃらだ』とのスタンスを聴かせてもらえたので、
すごく納得できた。やっぱ、ここまでやり取りするのが対話だと思う。信頼が生まれる。

2010年2月17日水曜日

終わりの無いのは対話も。でも、継続してると、・・・。

昨日の夜、You-Tubeをみてたら、NHKのBS特集の画像に行き当たり、全部見てしまった!
アメリカの女性物理学者リサ・ランドールを取材した「異次元への招待」との番組でした。

5次元世界の話でした。物理学者だけど、開拓者に共通する言葉として面白いのが数々あった。

「問いを見つけられた人が、その答えをみつけられる。」
「違う世界があることを嫌う人もいる。」
「(学生に)教えるというより、一緒に研究する/楽しむ。」
「物理は常に未知の世界への探求である。」

最後の一文を、「物理」から「対話」に言い換えて「対話は常に未知の世界への探求である。」としても的を得た言葉になっていると思う。

今日もこの言葉を実感した。

義弟を見舞に行って1時間ほど話している中で、彼女の話になった。
初めての話題です。結婚したいとも。ひぇ~!

1週間に1回~3回見舞って4ヶ月、話題が病状から未来のことに移ってきて、爆発的に話題が拡がってきた。宇宙誕生の瞬間、インフレーションという急拡大があるようだが、彼の話も宇宙に比する急拡大です。これも対話を続け、女房や私が話し過ぎないように注意してきたことの成果だと、自己満足しよう!

いやぁ~、これからの話が楽しみです。

2010年2月15日月曜日

理想の対話って、なんだろう?

理想の対話って、なんだろう?

仲間と話していての対話のキーポイントは、
1)対等な関係であること。その為にはお互いの立場・役割・職業・専門性などの枠を超えて、1人の人間に立ち戻ることがかなり重要で、
2)何を話してもOK、つまり批判されない、懐(ふところ)の大きさをみんなが持てて、
3)そのときなりに話しきった、聴ききった感があって、
4)気持ちが乗れば、ついつい仲間と行動を共にしようかと思い至る会話です。

単にお話しだけで終わるんじゃない。
お話しだけで終わっても良くて、対話が元でいつ行動に出るかはわかんないが、行動の余地を残すものと言った方が正確かもしれない。

この種の対話は8人前後で約2時間掛けないと満足できる境地に至らない。
でも、充分満足できる可能性があるし、この小単位が多くの変革の核となるんじゃかいかと強く思う。

2010年2月14日日曜日

Twitterも対話。サイズの大小、バーチャル/リアルの違いはあるが。

対話にも数々あります。

ワールド・カフェやAIやOSFは多人数での対話手法。
でも、私は少人数がいいな。8人ぐらいがベスト。じっくりと話せてみんなが満足できるから。
#なんてネーミングするかは考え中。仮にDC8と呼んでみます。(旅客機みたい)

Twitterは、あまりの多人数だけど、少人数でやるテイストが残っていてお気に入りです。
ただ、あまりに形式的な発言だと、私の好みのテイストが無くなって残念です。

なんとなく気に入った人をフォローして、様々な、多様なツイートを目にすることは、文明の力を使った、DC8だと思う。こりゃ、面白い。

私のツイートはここをご覧下さい。http://twitter.com/kem8

2010年2月13日土曜日

対話会の展開は何が決めるのか?

今日も対話会をやりました。

時間の制約がありましたが、多くの方が満足度70%以上、1人は100%でした。
しかも、内容が深い!
とっかかりは「自然とは」だったが、ひとりひとりの人生を反映した内容でした。

なぜこうも深い内容になるのでしょう?

勿論、対話会にはシナリオはありません。
誰が何を話すか、まったく判りません。

でも、私はこのところずっと深い内容の対話会ばかり経験しています。
ある人は「あんたのせいや!」と言います。

そうかも。私の関心事と共通する人々を呼び寄せているのでしょう。
そうでないかも。今の時代は深い話に誰も関心があるのでしょう。

本当のところを確かめたくなりました。
今のスタイルで、私抜きの対話会をやったらどうなるんだろう?

この場で結果をお知らせしますね。